2011年5月24日火曜日

iPhoneを辞書に

 ソフトウエア開発者のオタビオ・グッド氏(36歳)は、iPhoneが搭載するカメラで文字を読み取り、それを翻訳するアプリ「Word Lens」を考案した。米サンフランシスコにある同氏の事務所を訪れると、スペイン語で書かれた額が壁に掲げてある。例えば、「Bienvenido al Futuro」と書かれた額をiPhoneの画面上に映し出すと、そのスペイン語の文字が瞬く間に「Welcome to the Future(未来へようこそ)」と英訳されるのだ。
 この翻訳アプリは、グッド氏が2年以上かけて開発したものある。ビデオゲームのプログラマーだった同氏は、かつて創業したゲーム開発会社シークレット・レベルを2006年に1500万ドル(約12億円)でセガに売却。
 次の起業のアイデアを思いついたのは、それから2年後、恋人とドイツを旅行している時だった。同氏はドイツで、町の案内表示や料理メニュー、商品ラベルを理解するのに苦労した。紙の辞書や電子辞書で調べるのは面倒だった。オンラインサービスは、携帯電話の海外ローミングサービスを利用する必要があり高額だった。
 Word Lensは複雑な演算アルゴリズムを駆使して、迅速な処理を実現している。このアプリは、文書スキャナーで一般に装備している光学文字認識(OCR)装置を使用して、iPhoneが搭載するカメラに写った文字を認識する。そして認識した文字や語句を翻訳用データベースと照合して翻訳処理する。
 グッド氏は、複数言語の翻訳版が提供されている欧州議会議事録の内容を参照して、この翻訳用データベースを作成した(米グーグルも機械翻訳サービス「Google翻訳」で同様の手法を使っている)。Word Lensは原文に変えて訳文を表示する。例えば、スペイン語のあいさつ語「hola(オラ)」という画面の文字を消して、英語の「hello(ハロー)」で置き換える。
 こうした処理は一瞬で実行できる。インターネットや無線LANに接続する必要はない。携帯電話でメニューを読み取り、瞬時に翻訳できる。グッド氏は「ビデオゲームの技術を応用することで言語翻訳処理を高速化している」と語る。Word Lensで使用されている高度な技術の一部——ピクセルシェーダー機能やベクトル処理など——は、ゲーム専用機やデスクトップパソコン用ゲームが既に幅広く利用している。グッド氏は、セガの「Iron Man」シリーズなどの複雑なビデオゲームの開発に10年以上携わり、こうした技術に身につけていた。

 携帯電話でこうした技術が使用できるようになったのは、アップルが、2009年6月に発売した「iPhone 3GS」に高速処理が可能な新型グラフィックプロセッサーを搭載したおかげだ。グッド氏はそのころ。既に前の仕事は辞めて、Word Lensの開発に集中して取り組んでいた。「技術の進歩を見越して開発を進めた。自分が予想した通り、やがて技術が追いついてくると信じ、期待をかけていた」(同氏)。
 Word Lensは、カメラと携帯端末を使ってバーチャル情報を現実に組み込む「拡張現実(AR)」と呼ばれる新種のアプリに区分される。著名IT(情報技術)ブロガーのロバート・スコーブル氏は「Word Lensは日常的に使える機能を備えた最初のAPアプリかもしれない。料理メニューがスペイン語で書かれている近所のメキシコ料理店でとても役に立った」と称賛する。
 グッド氏は2010年12月、スペイン語版のWord Lensを発売した。価格は言語ごとに約10ドルだ。同氏はWord Lensの発売から数日で開発費用を回収し、今後は、ロボットに画像を認識させるコンピュータービジョン(CV)技術に焦点を当てた事業の拡大を計画している。そのための技術者も採用する考えだ。フランス語版をはじめとする、ほかの言語を対象にするWord Lensも年内に順次発売する予定だ。
 グッド氏はベンチャーキャピタルからの投資話や大手IT企業による買収提案を断ったという。「この技術は大きな可能性を秘めている。この可能性を現実にする企業を作り上げたい」。
■グッド氏の成功の秘訣
【資金】ビデオゲーム開発会社シークレット・レベルを、2006年に1500万ドルでセガに売却した。
【技術力】Iron Manなどの高度なゲーム開発に従事している間にプログラミング技術を習得した。
【海外の資源を活用】翻訳用データベースを構築するのに、欧州議会の議事録を有効利用した。

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